感覚って大事という話(局所的に意識する→感覚で全体を捉える)

雑記

ども、こんにちは。高インボムです。

そんなこんなで、僕のレッスンではよく『感覚』の話をします。

 

ドラムや音楽のことはもちろん、カラダや人体力学に関する事は感覚の話が多くなって、そういう時はよく乗り物を使った例え話をします。

 

 

例えば車を運転している時(初心者の時は別として)、どこか一箇所に意識を集中させているというよりも、全体をぼんやり捉えているんじゃないかと思います。

周りの車、信号や標識、出しているスピード、etc。

色々な情報を同時に捉えていて、その都度必要な反応や対処をしているというか。

これって、頭ではなく感覚でそれらを捉えているからだと思うんですね。

 

また、狭い道に入る時、乗り慣れている車なら何となくそこが通れそうかどうかわかったりしますよね。

いちいち道路や車体の幅を測ったりしなくてもそれが可能というのは、やはり感覚で捉えているからだと思うんです。

 

そういった事ができるようになるためには繰り返し練習したり経験する事が必要ですし、時には頭を使って考えたり一つ一つを局所的に意識することも必要だと思いますが、

最終的には感覚で全体を捉えることが結構大事なんじゃないかと思っています。

 

これはカラダや乗り物、ドラムや音楽に限らず、色んな事に通じると思うのですが、

全体を感覚的に捉えているほど、一つ一つの変化にも気づきやすくなるのだと思います。

 

そして、そのためには『じっくり観察すること』『違和感に敏感になること』なんかがとても大事だと思っています。

 

 

レッスンの中で色んな例えを交えながら理論や理屈を説明するのですが、物事の中心に迫れば迫るほど

「最終的には感覚なんですよ〜」

てなことになります。

教える事から逃げてるわけじゃないんですが(笑)、言語化すればするほど情報が平面的になって足りなくなってしまうんですね。

 

でもこの感覚で何かをやる感じ、おそらく自分の「好きな事」や「得意な事」については多くの人がそうなっているんじゃないでしょうか?

 

また、頭で考えるのは大事ですが、それが感覚よりも先行してしまうと後々チグハグな事になるんじゃないかと思っていて、

まずは『感じる』という事、思考よりも感覚が大事だと思っています。

 

 

最近思うのは、物事の本質はとても抽象的で、それを捉えるためには感覚が重要だなという事。

そして、どの世界の人も、一流とか達人って呼ばれる人は感覚が鋭くて、だからその感覚で捉えたものを言葉で説明すると表現はいつも抽象的で、まるで哲学だな〜と。

 

 

なんだかそんな事を思う今日この頃です。

 

うまく文章がまとまらないのですが、なんとなく感覚でつかんでもらえたらな〜と思ったり。

 

本日はこれにて。

サラバオヤスミマタアシタ!