ども、こんにちは。高インボムです。
そんなこんなで生徒さんとの会話で「素直と鵜呑みの違いって何でしょうね?」なんて話になり、最近色々思うこともあってこの事について少し考えてみました。
物事や情報を、素直に捉えることと、鵜呑みにすること。
似ているようで確実に違うこの二つを僕なり考えてみたら、次のような感じになりました。
素直に捉えるとは?
まずは『素直に捉える』について。
物事を素直に捉える時ってどういう風になっているのかを考えると、
→物事をストレートにありのまま捉える
→ストレートに捉えたもの(歪みのない本来のままのもの)を『自分のフィルター』を通して消化する
→価値観の中心に自分がある
という感じになっているんじゃないかと思います。
鵜呑みにするとは?
続いて、物事を鵜呑みにする時について考えてみると、
→物事を『自分のフィルター』を通して捉える
→フィルターを通して捉えたもの(歪んでしまい本来のままではないもの)がそのまま自分の一部になる
→自分以外が価値観の中心になっている
という感じになっている気がします。
うまく言語化するのが難しくて、とても大雑把な表現ですが、今の僕が思うのは何となくこんな感じです。

自分フィルターと自分軸/他人軸
人は誰でも、物事や情報を捉えていく過程で『自分のフィルター』が働くと思うのですが、素直と鵜呑みの違いは『そのフィルターがいつどのように働くのか』『フィルターが外側にあるのか内側にあるのか』ってことになるような気がします。
例えば、物事を捉える時に自分のフィルターが働くのか、捉えた物事を消化する時に自分のフィルターが働くのか。
これらが物事や情報の解釈の仕方の違いになっていくように思います。
そして、この自分フィルターの作用の仕方というのは、『価値観の中心に自分があるかどうか』とも繋がっている気がして(わがままという意味合いの自己中心的かどうかとはまた別)、
素直と鵜呑みの違いを突き詰めていくと『自分軸か他人軸かの違い』にもなるんじゃないかなと。
素直な人ほど、自分というものが確立されている、つまり自立しているんじゃないかと。
もう完全に自分のことを棚に上げていますが(笑)、今のところそういう風に思っています。
また、自分のフィルターがどういう風に働くかは、心の奥にある意識や感情と密接に関係しているとも感じていて、
自分のフィルターやその働きのクセを知ることは、自分自身を知るためにとても役立つんじゃないかなとも思っています。
要するに自分と向き合うということになるので、なかなか難しいけど(笑)
心を白紙に、感じるままに
と、ここまで書いて、昔読んだとある本の言葉を思い出しました。
幸せな人は心が白紙の状態で生きている。
あるがままを見て、言葉どおりを聞いて、感じるままに生きている。
『ユダヤ人大富豪の教え』より
素直に捉えるというのは多分、心を白紙にしてストレートにありのままを感じるということである気がします。
そして、そのためには頭で考えるよりもまずは五感で感じることや、時には自分と向き合うことが大切だったりするなぁ〜と。
素直に捉えることと、鵜呑みにすること。
似ているようで確実に違うこの二つ。
自分の価値観や感覚を大切にしながら、できれば何事も素直にありのままを感じて、色んなことを生きる糧にしていきたいなと思う今日この頃です。
では、本日はこれにて。
サラバオヤスミマタアシタ!