【短編小説】マスク -僕らは素顔で生きていく-

小説

※この物語はフィクションです

 

1.

僕が住んでいる世界では、

人はこの「マスク」というやつを顔につけて生活している。

 

これをつけないとこの世界で生きていけないらしく、

生まれた時からつけることになっている。

 

ただ、時々疑問に思うことがあって、

それはマスクをつけている生き物は人間だけだということ。

 

家でも学校でも「マスクをしないのは危険だ」と教わってきたけど、

なぜ他の生き物はマスクをしないでも平気なんだろう?

 

そういえば昔の人はマスクをつけていなかったらしいけど、

どうやって生きていたのだろう?

 

 

ちなみに、マスクをつけていない他の生き物は、

顔の表面が色んな形に変化するという特徴がある。

 

どうやら心の動きに沿って変化しているようだ。

僕はこれが結構おもしろいなと感じる。

 

言葉では会話ができない相手とも、顔の表面の動きを感じていると

何となくお互いのことが分かり合えるような気がして、

つまりはコミュニケーションできてるような気がして、

それがとても楽しいのだ。

 

 

 

2.

ウチからそんなに遠くない森で見つけた、

色んな生き物が集まっているこの場所。

僕はここで遊ぶのがとても好きだ。

 

あ、家族には内緒なんだけど、ここで遊んでいる時、

僕はこの「マスク」というものを外している。

 

ここにいる他の生き物たちはみんなマスクをつけていないので、

それが自然なんだ。

 

 

マスクを外すようになって気がついたんだけど、

僕の顔の表面も色んな形に変化しているらしい。

 

いや、最初は全然変化しなかったんだけど、

少しずつそういったことができるようになってきた。

 

これが自分でも楽しいし、

他の生き物たちも僕の顔の表面の動きがおもしろいらしい。

 

そこに声も合わさると、さらに楽しくなってくる。

 

 

マスクを外すようになって気がついたことがもう一つあって、

それはマスクを外すととても気持ちが良いということ。

 

開放感があるというのかな。

 

とにかく、顔にペッタリ貼り付いていたものが無くなるだけで

こんなに気持ちが良いとは思ってもみなかった。

 

それと、呼吸がしやすいってのもある。

 

体の中に空気がいっぱい入ってくる感覚、

そしてそれを思いきり吐き出す時の感覚。

 

これはとても快適だ。

 

後で知ったけど、

これは昔「深呼吸」と呼ばれていたものらしい。

 

 

以前から時々頭が痛くなったり胸が苦しくなることがあって、

原因不明でどうしようもなかったんだけど、

森に来てマスクを外して遊んでいたり、

この深呼吸というものをしているとそれらが治ってくる。

 

森に来れる機会が減るとまたその症状が出てくるので、

もしかしたら何か関係があるのかもしれない。

 

いや、むしろこういう症状、

元を辿るとマスクが原因なんじゃないか?と思い始めている。

 

 

そして、いつの頃からか、

「マスクをしたくないなぁ」と思っている自分がいる。

 

 

 

3.

ある日、森を進んでいくとその先に町があった。

 

僕が住んでいる町とは少し違う雰囲気だ。

何て言ったらいいのか、町全体が生き物のように感じる。

 

その迫力に一瞬圧倒されたけど、

次の瞬間にはとてもワクワクしている自分がいた。

 

 

町に入っていくと人がいっぱいいた。

 

自分の知らない場所を歩くのが何だか楽しくて、

あちこち歩き回ってみた。

 

驚いたのは、

ここにいる人たちは誰もマスクをつけていないという事。

 

マスクをしないと危険だと教えられてきたけど、

この町にはマスクをしなくても大丈夫な防御策がなされているのだろうか?

 

みんなとても元気で健康そうだ。

 

 

いや、そういえば僕も森の中で遊んでいる時、

マスクを外しているのにずっと平気だ。

 

それどころか、体調が良くなる時さえある。

 

マスクというものについての疑問が、

僕の中でどんどん大きくなる。

 

 

以前、学校の先生に

「マスクを外すのはなぜダメなんですか?」と尋ねたら、

「マスクを外すと危険だからです」とのことだった。

 

「なぜ危険なんですか?」と再び尋ねたら、

「色んな理由でとにかく危険なんだ」ということだった。

 

両親に「マスクを外したらなぜダメなの?」と聞いた時は

「ルールだから」という答えだった。

 

先生も両親も、

それ以上の質問はしてほしくなさそうだった。

 

 

それ以来、今まで誰にも聞くことができなかったマスクのこと、

この町にいる人に聞いてみたい。

 

 

 

◆◆◆

4.

妻と買い物がてら町をブラブラ散策していると、

とある少年に目が留まった。

 

今時マスクをしているので、

隣のT市からやって来たのかもしれない。

 

 

気がつけば、あの騒動から十数年。

 

ワシらは本来の姿を取り戻すことができて

すっかり普通の日常を過ごすようになったが、

あの騒動をきっかけに始まったマスク社会が

未だに続いている町もあると聞く。

 

T市から引っ越してきた知人の話では、

T市では未だにマスクの着用を促すアナウンスがメディアから流れ、

学校では「人間が生きるにはマスクが必要不可欠だ」と教えられるらしい。

 

そういった話を信じ込んでいる人も中にはいるが、

多くの大人たちは

本心では事のおかしさをわかっている。

 

が、一度形成されてしまった空気にはなかなか抗えないようだ。

 

また、習慣とは恐ろしいもので、

今やT市に住む人の多くは「人間はマスクをして生活するもの」

という認識になっているらしい。

 

もしかしたらマスクをすることで、

顔の表情とともに、

心が感じる違和感も覆い隠しているのかもしれない。

 

そして、子どもはそれが当たり前の環境で育っているので、

友達や先生の素顔を知らないのは普通で、

ひどい場合は親の素顔を見たことない子どもまでいるとか。

 

そんなことがあるとは、

さすがに信じたくはないが。

 

 

先ほどの少年が、何やらキョロキョロしながら歩いている。

 

「迷子にでもなったのかな?」と思ったのと、

彼のことが何となく気になったので、

挨拶がてら声をかけてみた。

 

「こんにちは」

 

 

 

5.

町を歩いていると、中年の夫婦がこちらに向かって歩いてきた。

 

そのうちおじさんが不意に

「こんにちは」と声をかけてきた。

 

僕も慌てて「こんにちは!」と返事をした。

 

「もしかして道に迷ったりしてるのかな?

それとも探し物?」

 

「いえ、森で遊んでいたら偶然ここにたどり着いて、

初めて来た場所なんで色々見ているところです」

 

「そうだったんだね。それはようこそ。

もし行きたい場所とかあれば案内することもできるから、

よかったら声をかけてね。

ワシらはそこのカフェにいるから」

 

おじさんはそう言って、おばさんと一緒に

目の前のカフェへ向かって行った。

 

 

そういえば、家族以外の人との会話で

相手の口の動きが見える状態というのは

初めてかもしれない。

 

話し終わった後、

おじさんの口の両端が軽く上に向いたのを見て、

なぜか僕は安心感を覚えた。

 

友達や先生と会っている時は

いつもお互いの目しか見えないけど、

その時には感じたことのない感覚だ。

 

でも、どこかで感じたことのある感覚…。

 

あ!森で他の生き物と遊んでいる時と同じ感覚だ!

 

相手と話をしている時、

顔の表面が変化するのが見えたり

口の動きがわかると、

僕はどうやらとても安心するみたいだ。

 

 

僕は、カフェへと向かう二人の後を追いかけた。

 

「あの、すみません!一つ訊ねたいことがあるんですけど…?」

 

「なんだい?」と、おじさんが振り返りながら柔らかい声で言った。

 

僕は、自分の中でパンパンに膨らんでいた疑問を、

思いきっておじさんに聞いてみた。

 

「ここにいる人たちは、なぜマスクをつけていないんですか!?

みんな元気で健康に見えるけど、

マスクをつけなくても大丈夫なんですか!?」

 

 

 

6.

「質問が二つだね(笑)

まず二番目の質問に答えると、マスクをつけなくても大丈夫だよ。

この町にいる人は誰もマスクをつけないけど、もちろん元気で健康だ」

 

おじさんは口を縦や横に動かしながら言った。

 

「そして最初の質問。

なぜマスクをつけていないかは、

一言で言うならつける理由がないから、って感じかな」

 

そう言いながら、おじさんは隣にいるおばさんの方を向いた。

 

「そうね。私たちもこの町にいる人たちも、

誰もマスクが必要だなんて感じてないでしょうね。

そもそも、ずっとつけてたら健康にも良くないし」

 

おばさんがそう言ったのを聞いて、僕は驚いた。

 

「え!?マスクをつけるのは健康に良くないんですか!?」

 

「そりゃあそうよ。

だって、マスクをずっとつけてたら苦しいでしょ?

苦しいってことは、カラダにとって良くないってこと。

それを我慢して続けるなんて不健康だわ」

 

 

言われてみれば、たしかにそうかもしれない。

 

いや、本当は薄々感じていた。

 

時々、原因不明の頭痛や体調不良になるけど、

森でマスクを外して遊んでいると、それが和らいでくる。

 

色んな可能性を考えたけど、

考えれば考えるほどマスクが原因だとしか思えない。

 

 

僕が黙って考え込んでいると、おじさんが

「よかったら一緒にデザートでも食べないかい?

初めての町にやって来た記念に、君が好きなものをごちそうするよ」

と言ってくれた。

 

カフェの店頭に飾ってあるパフェの見本が美味しそうだったのと、

もっと色んな話を聞いてみたいと思った僕は、

「いいんですか?お願いします!ありがとうございます!」

と返事をして、二人と一緒にお店に入っていった。

 

 

お店に入る時にマスクを外してみたけど、

ほっぺたが感じる風は心地よく、

その風が運んでくる料理の香りは僕の心を躍らせた。

 

 

 

◆◆◆

7.

買い物に出かけていたワシと妻は、

町で出会った少年とカフェでお茶をすることになった。

 

隣のT市からやってきたという彼から、

T市では未だにマスクをつけて生活することが

常識になっているという話を聞いた。

 

そして少年は、そのことについて

徐々に疑問を感じるようになってきたとのことだ。

 

彼をカフェに誘ったのは、

鼻や口をしっかり白い布で覆っているその姿に

大人としての責任を感じたのも多少あるかもしれない。

 

別に大した正義感を持ち合わせているわけでもないが、

パフェを無邪気に食べる彼の顔が、

病人でもないのに息苦しい布切れで覆われなきゃならんのは胸が痛い。

 

彼の質問に答える形で、

マスク社会が始まるきっかけとなったあの騒動の事を、

ワシが知る範囲で一通り話した。

 

 

最初は「町で突然倒れる人が現れた」というニュースから始まり、

「恐ろしい病気が蔓延している」「パンデミックだ」という報道が相次ぐようになった。

 

メディアは連日不安や恐怖を煽るようになり、

パニックはどんどん連鎖して広がり、

人々はネガティブな思考と感情に支配されてしまった。

 

その中でいつからか

「マスクをつければ安全、つけないのは危険」

という報道がされるようになった。

 

そして、「命を守ろう」という名目のもと、

いつしか「人はマスクをつけて生活するのが常識」という概念が定着した。

 

いや、刷り込まれたと言った方が正しいだろう。

 

 

このパンデミック騒動で不思議なのは、

ワシも妻も、いや、他の誰に聞いても、

当初報道されていたような町で突然人が倒れるところを

見たことがないということ。

 

今となっては本当に恐ろしいものだったのかどうかはわからず、

そんな病気は存在しなかったという説まである。

 

少なくとも、

何年もマスクをつけずに生活しているこの町の住民で

突然倒れたり危篤に陥ったという者は誰一人いない。

 

免疫がついたのか、病原体が弱くなったのか、

そもそもそんな病気は存在しなかったのか。

 

どういう理由かはわからないが、

とにかく目の前の現実ではずっと何も起こっておらず、

もちろん時には風邪を引いたり体調を崩すようなことはあるが、

基本的にみんな健康で元気に日々を過ごしている。

 

 

だが、もはやそんな事は関係なく、

ただマスクをするという不自然な風習だけが残り、

それが一部の町や都市では未だに続いている。

 

 

 

8.

「ありがとうございます!

おかげで、色んな疑問が少しずつ解けてきました」

 

おじさんの話を聞いて、いろいろな事が腑に落ちた。

 

なぜ人だけがマスクをしているのか、

いつから人はマスクをするようになったのか。

 

そして、人は本来マスクをしなくても生きていけるという事、

頭痛や息苦しさを感じる原因はどうやらマスクで間違いないという事。

 

また、顔の表面が色んな形に変化するのを「表情」という事、

その表情を感じられることが人にとって、

特に僕らのような子どもにとってどれほど大切かという事など、

様々な事が分かった。

 

 

ふと、新たな疑問が芽生えてくる。

 

「この町では、なぜマスクをしなくても良くなったんですか?」

自分の中に湧き上がってきたこの謎を、僕は再びおじさんに訊ねた。

 

「この町のみんなは、自主的にマスクを外していっただけさ」

と、おじさんは答えた。

 

「どういう事ですか?」

 

「君の住む町では、マスク着用を促すアナウンスがいつも流れていると言ってたよね?

それは、この町も同じだったんだ。

そして、別にマスクをしなくても良いというアナウンスが出たわけでもない。

ただ、一人一人が、おかしいと感じるもの・理不尽だなと思うことに従わなくなった。

自分たちが送りたいと望む日常生活を自分たちで続けた。

そうしているうちに、変な同調圧力も一方的なアナウンスもなくなった、というわけさ」

 

「私はこの騒動が始まった当初、毎日恐怖に震えていたわ。

だって、恐ろしい病気が蔓延してるぞ!大変だ!ってあちこちで騒いでるんだもの。

でも、日が経つ毎に、おかしいな?何か変だな?と思うようになってきたの」

 

手に持っていたティーカップを置いて、おばさんがゆっくり話し出した。

 

「なんていうか、メディアで報道される内容と自分の周りの現実にギャップを感じ出したの。

もしかしたら本当に恐ろしい事態がどこかで起こっているのかもしれない、とも何度も考えたわ。

でも、自分が肌で感じる実感と違いすぎて、報道が過剰になればなるほどそう思えなくなったのよね。

見たことないオバケをいつまでも怖がってるのがバカらしくなっちゃったって感じ。

そして、少しずつマスクを外していったの。最初は恐る恐るだったけどね」

 

「この町にいる人たちは皆、自分の感覚にストレートだった。

最初からこの騒動に違和感を感じていた者もいれば、メディアが伝える世界と現実世界のギャップに疑問を持つようになった者もいる。

いずれにしても、自分が感じる違和感や疑問を無視しなかった。

 

そして、ニュースを見るのではなく、自分の周りの現実を見るようになった。

情報を鵜呑みにせず、権威に盲従せず、自分の感覚を信じて、誰かの意図に従うのではなく自分の心に従って行動を決めていった。

ある者はメディアを閉じて目の前の世界をありのまま捉えることに集中し、ある者は感じた疑問について徹底的に自分で調べ尽くした。

ワシら夫婦もそうだ。

 

事のおかしさに気づいた時には見えない圧力のようなものも形成されつつあって、自分から動くには勇気が必要な時もあった。

人それぞれ環境も違えば、やり方や考え方も異なる。

が、とにかく一人一人が自主的に考えて動いたんだ。

 

刷り込まれた不安や恐怖を取り払い、自分の心が感じる感覚にストレートになって、できる事から少しずつやってきた。

その結果が今のこの町の姿さ」

 

 

 

9.

おじさんとおばさんの話を聞いて、

心のモヤモヤが晴れてきたようだった。

その上、何だかパワーをもらったような感覚になった。

 

ふと周りを見渡して、確信した。

 

この町に着いた時に、

町全体が生き物のように感じてワクワクしたけど、

それはこの町にいる人たちが活き活きとしていて、

町全体がエネルギーに満ちているからだ。

 

そんなエネルギーに触れたからか、

僕も何かやりたい!という気持ちになっていた。

 

「おじさん、おばさん、本当にありがとうございます!

今まで不思議に思っていたことが色々とわかりました。

そして、僕はやはりマスクをして息苦しさを我慢しながら生活をするのはおかしいと感じています。

それを改善するために何かやりたいという気持ちが出てきました。

何ができるかわからないけど、できることから少しずつやってみたいと思います!」

 

二人は「イイね」と言いながら、

口の両端を上に向けて顔をクニャッとさせた。

 

それを見た僕は、

何だか心が暖かくなり嬉しい気持ちになった。

 

この表情は「笑顔」というやつだ。

 

 

「お茶も飲み終わったことだし、ではそろそろ行くとしようか」

 

「はい、ごちそうさまでした!パフェ美味しかったです!」

 

「良かったらまたいつでも遊びに来てね。今度は絶品パンケーキのお店を案内するわ」

 

「たしか森を抜けてきたと言ってたね?そのあたりまで見送るよ」

 

偶然出会ったステキな夫婦に見送られて、

僕は目一杯の感謝を伝えて帰路についた。

 

 

 

10.

家に帰ったあと、僕はあることを思い出していた。

 

実はクラスメイトで一人だけ、

僕と同じようにマスクのことを先生に質問した子がいた。

 

しかも、僕と違って何度も質問を繰り返していて、

最後まで先生の答えに納得していない様子だった。

 

もしかしたら僕と同じような事を思っているのかもしれない。

 

あの子と話をしてみたい。

 

 

次の日、学校からの帰り、

彼女に声をかけた。

 

「こんにちは!」

 

少しの世間話をした後、

気がつけばお互い自然とマスクを外していた。

 

二人とも体の中いっぱいに空気を吸い込み、

そして思い切り吐いた。

 

そのあと、日が暮れるまで会話を楽しんだ。

 

 

初めて彼女の素顔を見たけど、

とてもキレイだなと感じた。

 

 

(終わり)