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雑記

『自由』と『好き勝手』の違いを考えてみた -自由とは自然体であり自立する事であり、そのために基礎がある-

突き詰めていくと、本当の自由というのは自立している事なのかもしれません。人間は社会的な生き物なので、各々が様々なコミュニティに属したり形成したりしていますが、本当の意味で自由な生き方をしている人たちは、個々が自立した上で必要な時に支え合っているという感じ。音楽においても同じで、自由な表現ができるミュージシャンは、バンドでのアンサンブルが素晴らしいのはもちろん、個としても確立されています。こう考えていくと、自立なしの自由はあり得ないように思います。
雑記

続・町田玉学にあるオススメのお店を勝手に紹介していくコーナー

ども、こんにちは。高インボムです。 そんなこんなで以前、町田〜玉学にあるオススメのお店を紹介する記事を書きましたが、今回はその第2弾です。 町田・玉学の楽しさを色々と味わってもらえたら嬉しいです。   今回も、僕が実際に行ったことのあるお店...
心理

“THE ALL IS MIND; The Universe is Mental.”を訳していくと「心の状態ってメッチャ大事よね」という解釈になった

"THE ALL IS MIND; The Universe is Mental."この一文、スピリチュアルやニューソート系の思想・哲学が好きな人はご存知の方もいらっしゃるかもしれません。1908年にアメリカで出版された『THE KYBALION(ザ・キバリオン)』という本の中にある一節です。
心理

マインド(Mind)とメンタル(Mental)の違いが気になったので調べてみた -思考は心が土台となって形成される-

『マインド』は、思考や意志なども含む心や精神という意味であり、英文では動詞として使われる事もあるとのことで、何かに対して意識や心を向けるようなニュアンスがあります。また、例えばマインドセットなんて言葉もあるように、マインドという単語は信念や価値観、志や考え方といった意味合いとしても使われていますね。 一方の『メンタル』は、その大元となる心の調子や精神の状態を意味するニュアンスがあります。たしかに、メンタルが好調/不調とは言っても、マインドが好調/不調とは言いませんね。他にも、マインドが合ってる/間違ってるとは言っても、メンタルが合ってる/間違ってるとは言いません。そして、このように考察していくと、マインド(思考、意志、考え方)はメンタル(心の調子、精神の状態)が土台となって形成されていると言える気がします。例えば、マインドを良い方向に持っていくにはまずはメンタルを整える事が大切、という感じ。マインドとメンタルの違いについてまとめると、『マインド(mind)= 思考、意志、信念、価値観』『メンタル(mental)= 心の調子、精神の状態』『メンタルが土台となってマインドが形成される』という感じでしょうか。
雑記

謹賀新年2023

新年あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします! 高インボム
雑記

ドラムがうまくなりたいなら自分が練習するしかない -近道はあっても魔法はない-

ども、こんにちは。高インボムです。 そんなこんなで近年は電子ドラムを購入する人が増え、ドラマー人口が増加している(?)のが個人的にはとても嬉しいです。   で、それに伴い電子ドラムに関する質問をいただく機会も増え、その中で少しだけ思うのは(...
雑記

汗をかいてデトックスしたい時は -ていうか、汗ってデトックス効果あるの?-

ども、こんにちは。高インボムです。 そんなこんなで炭酸水を飲みながらゆっくり風呂に入って汗を流すのが好きなのですが、しっかりと汗をかいてデトックスしたい時は、風呂に入る前には塩分を摂らずに水分だけを飲む方が良いんじゃ無いか?(塩分は汗をかい...
カラダ

無事に終わりました、青空カラダ教室

ども、こんにちは。高インボムです。 そんなこんなで急遽開催した青空カラダ教室@東京、無事に終わりました。 前日に一瞬雨が降って「まさか...!?」なんて思ったりしたけど、当日はバッチリ快晴でホッとしました(笑)。   この日は僕も入れて4名...
お知らせ

青空カラダ教室やります(9/10@都内)

ども、こんにちは。高インボムです。 そんなこんなで突然ですが『青空カラダ教室』を開催いたします。   日時:9/10(土) 14:00〜(90分〜120分程度の予定)※雨天中止 場所:都内某所(おそらく代々木公園になります) 参加費:2,0...
カラダ

フィジカルとメンタルの共通理論 -分離がスタート、目指すは調和-【身体操作とアドラー心理学】

身体を分離させて動かす事が出来たら、今度は各部位の動きを繋げて統合していくことで全身をよりスムーズで機能的に使えるようになるわけですが、先程と同様に考えるとこれはアドラー心理学の『共同体感覚』にあたるとも言えます。共同体感覚とは『他者と繋がり調和した社会を形成すること、そしてそれが人としての幸せに繋がる』という概念ですね。アドラー心理学では、対人関係の最終目標は『共同体感覚』だと考え、その入口として『課題の分離』があるとされますが、身体の各部位を個別の人物、全身を人間社会、という風に置き換えて考えていくと身体操作も全く同じだな〜と思えてきます。全身がうまく調和して繋がることで高度な身体操作が可能になりますが、そのためには身体の各部位を分離してそれぞれ独立した動きができる必要がある、という感じですね。さらにそのためには、姿勢や脱力など『カラダのあり方』がとても重要になるのですが、これもアドラー心理学に置き換えると『ライフスタイル(≒心のあり方)』という概念になるかなと思います。